大判例

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高知地方裁判所 昭和40年(ワ)104号 判決

原告

下坂鶴吉

下坂春寿

右両名代理人

大坪憲三

他一名

被告

有限会社ハリマヤハイヤー

右代表取締役

岡本卓三

右代理人

岡林灌水

他二名

第一 主 文

被告は、原告両名に対し各二一〇万四〇六五円およびこれに対する昭和四〇年四月一七日から支払いずみに至るまで年五分の割合による金銭の支払いをせよ。

原告両名のその余の請求を棄却する。

訴訟費用は五分し、その二を被告のその余を原告両名の連帯負担とする。

この判決は、第一項につき原告両名が各自一〇万円を担保に供するときには仮りに執行することができる。

第二 原告両名の求めた裁判

一 被告は、原告両名に対し各四四二万八、〇〇〇円およびこれに対する昭和四〇年四月一七日から支払いずみに至る迄年五分の割合による金銭の支払いをせよ。

訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに第一項につき仮執行宣言を求める。<以下省略>

第五 裁判所の判断

一 原告両名主張の主たる請求は、先ず、その損害賠償請求権発生の原因において理由があると認める。すなわち、

1 被告が、一般乗用旅客自動車運送事業を営むもので、昭和四〇年二月三日当時大崎毅を被告の事業用自動車(タクシー)の運転者として雇傭していたことは当事者間に争いがない。

2 <証拠>を総合すれば、次のとおり認められる。

大崎は、昭和三九年九月九日頃から被告会社のタクシー運転者として雇傭されたのであるが、昭和四〇年二月三日午前二時頃国鉄土讃線高知駅前広場に自己が運転していた被告の事業用自動車を駐車して仮眠し、同日午前四時四二分着高松駅発下り列車の降車客の中から、原告両名の末娘下坂政子(昭和一五年六月二五日生)を乗車させて同駅を発進した。大崎は、発進直後同女から行先を市内東雲町と指示され、通常の径路によつて同女を目的地に向け運送し始めた。そして、そのまま進行して同市知寄町三丁目交差点を左折北上すれば直ちに東雲町に到達する筈であることを知りながら、同交差点に至る手前であわよくは同女を姦淫しようと考え右交差点に差しかかつた際同女から左折するよう指示を受けたのに、少しドライブしようと答えてそのまま直進し、同町三丁目所在葛島橋西詰交差点を左折し、国分川左岸堤防に沿つて約二〇〇米北進し葛島ゴルフ練習場東側の堤防上の人家のない暗がりで停車した。そして大崎は、一旦下車して後部客席に乗り込みドアを引め、同女に対し肉体関係を迫り同女の右耳の辺に接吻し手指で同女の陰部に触れようとした。ところが、同女が抵抗して大崎の右手薬指に咬みついたので痛さに堪えられず同女の前額部を咬み返えすなどして右手を振り離し、更に左手で同女の頸部を絞めつけたり、その頭部を座席後部の車体に叩きつけるなどして強いて姦淫しようとしたが同女の抵抗にあつて目的を遂げなかつた。次いで、同女が車外に逃れ大声を上げ救いを求めながら南方に逃げ出したので、大崎は自己の右行為の発覚するのをおそれ、同女を捕えて手で同女の口を塞ぎタクシー内に引戻そうとして激しく争つているうち、同女を同所の防潮堤の間隙から国分川に転落させ、よつて同女を溺死させ、そのまま同女を川中に放置して前記タクシーに乗車して逃走した。その後大崎は、被告会社に出社せず高知市内の旅館を転々とし、同月一三日頃高松市内へ逃走したが同月一九日同市内で逮捕された。そして、当庁において右同人にかかる強盗、強姦未遂、強盗殺人被告事件の審理の結果懲役一五年に処せられ(この事実は当裁判所に顕著である。)現在高松刑務所で服役中である。

3 右認定を左右する証拠資料は存在しない。

4 そこで、右大崎の行為につき被告会社に使用者責任を負担させるべきかどうか検討する。

(一) 民法七一五条の使用者責任を考察する場合、事業執行の機会になした行為のうちでも、当該行為が客観的に事業執行と同様の外形を有し、使用者の事業を遂行するための行動範囲において起りうるものであつて、かつ被傭者の担当する職務と適当な関連を有するならば、被傭者が使用者の意思に反し単に私利を図る目的でなしたというような主観的事情のある行為であつても、当該行為につき使用者責任を肯定するのが相当である。

(二) 而して、一面一般公衆の利便と安全を確保することを要求されている公益的公共的性格を具有する企業にあつては、法令において各種の規制を受け、被傭者の選任および事業の監督につき相当の注意義務を尽くことを求められているのが、通例である。すなわち、一般乗用旅客自動車運送事業(タクシー営業・道路運送法二条二項、三条二項三号)にあつては、道路運送法およびその付属法令によつて事業の免許、運転者の適格、運賃その他の運行管理を規制されているのであるが、これらの法令によれば、当該一般乗用旅客自動車運送事業の開始が公益上必要であることが事業免許の基準とされ、懲役又は禁錮刑に処せられ又は自動車運送事業免許を取消されたもので所定の要件を充足しないものについては免許申請の欠格者とし、免許を受けようとするものが法人である場合においては、その法人の役員がこれに該当するときも右申請欠格者であると規定し、運賃を運輸大臣の認可にかからしめ、一定の場合を除いて旅客に対し運送引受を拒絶してはならない義務を課し、タクシー運転者として雇傭できるものを一定の年齢に達したもの、一定の運転経歴を有する者に限定し、旅客運送の安全および旅客の利便の確保のために、当該事業の運行管理者運転者などに対し遵守事項を定め、いわゆる白タク営業を罰則をもつて禁止している。

(三) これらの規制によれば、タクシー営業は、私企業とは言え一般旅客の交通の利便を確保するという公益的公共的性格を高度に具有する事業であるということができる。これを我々一般利用者から見れば、いわゆる白タクを利用することは単に交通事故だけでなく運転者による暴行傷害脅迫等不慮の災害に遭遇する危険を侵すことになりかねず、一旦災害が発生した場合身体財産の保障がないのに対し、殆んど躊躇する余地なく営業タクシーを信頼しこれを利用する気易さがある。このように、一般利用公衆が、タクシー及びその運転者に対し白昼或いは深夜を問わず目的地まで安全に運送することを期待し、これにかけている信頼は保護されねばならない。そして、タクシー運転者が、旅客を目的地に向けて運送の途中、自動車を利用して旅客に暴行を加え、これを殺害するごとき行為はその職務行為である自動車の運行行為そのものではないから前示のとおり、使用者の事業を遂行するための行動範囲において起りうるものには当らないように見えるけれども、2に認定したとおり、大崎は、当該自動車を利用してことさら他人の救助を求め得ない場所に乗入れ、かつ密閉した自動車及びその近辺において前記殺害行為に出たのであるから、上来判示の事情を考慮すれば、右行為はなお被告会社の事業の執行についてなした行為に該当するものと解するのが相当である。

従つて、被告会社は、大崎の加害行為によつて亡政子および原告両名が蒙つた損害を賠償すべき責任がある。なお付言すれば、被告にかかる賠償責任を負担させることは、不特定多数の一般利用者に対し被告をして雇傭運転者の身元保証人と同様の責任を認めることになるという非難があるかも知れないが、前判示のとおり、タクシー営業の公益的、公共的性格、そのために法令によつて課せられている規制及び一般利用者がタクシー運転者によせる信頼とを考慮すれば、タクシー営業者が一般利用者に対し自己の使用する運転者の身元を保証する結果となつても強ち酷とは言い難いと考える。

二 損害額について

1 <証拠>を総合すれば、次のとおり認めることができる。

(一) 原告両名の子下坂政子は、昭和三一年三月高知県安芸郡吉良川町吉良川中学校を卒業後大阪市内に居住していた姉竹中寿賀子を頼つて上阪し、女工員として約一年、看護婦を約二、三月勤め、その後化粧品店事務員など転々としていたが、昭和三六年一一月始め頃から約一年間八田某と同棲したが喧嘩別れをした。そして、昭和三七年末頃からナイトクラブ或いはキヤバレーに勤めるようになり、昭和三八年一〇月中句頃からは大阪市内のナイトクラブ「ニユー香港」にホステスとして間借先から通勤するようになつた。

右「ニユー香港」におけるホステスの収入は、昭和三八、三九年頃平均基本給が一日一、二〇〇円で、外に客の指名がある場合指名料として一回五〇〇円をもうけることができるが、一晩の指名が五回位のホステスは多数ある。そしてホステスが、普通一カ月間に出勤できる日数は平均二六日である。他方政子が右キヤバレーで受領していた給料は、昭和三九年一一月基本給一万七、二六〇円指名料一万、八〇〇〇円このうち雑費一、二〇〇円を差引き支給額は三万四、〇六〇円、同年一二月基本給一万九、〇四〇円指名料三万六、八〇〇円うち雑費一、四四〇円を差引き支給額は五万四、四〇〇円、昭和三九年一月は基本給一万二、九四〇円指名料二万二、三〇〇円うち雑費一、〇二〇円を差引き支給額三万四、二二〇円となつている。右のうち、昭和三九年一月は正月で一般的に従業員が休暇をとることが多いため、他の月と較べて稍々少額になつているが、これらの特別な事情も計算に入れて政子のホステスとしての収入をみると、年間を通じ一カ月平均四万円を降らない。また雑費として控除してあるのは「ニユー香港」から政子に貸与した衣裳の貸賃であり、このほか同キヤバレーのホステスが、通常右勤務のために直接負担すべき費用のうち主なるものは化粧品代および美容代であるが、毎月少なくとも前者のため二、〇〇〇円、後者のため三、〇〇〇円を降らなかつたと言える。そして、当時大阪市内における一カ月の生治費は食費が一万円を降らず、六畳台所付の室代が七、〇〇〇円を降らなかつた。その他出勤及び退社のための交通費等を考慮すると、同女は、右生活費等のために少なくとも二万五、〇〇〇円を支出していたものということができ、従つて一カ月の純収益は一万五、〇〇〇円となる。

而して、大阪市内のキヤバレーで妙齢の頃から引続きホステスとして勤務するとすると、容貌、客扱いなどホステスとしての条件が整つている限り最高三五才頃迄在籍できるといえる。政子は、同キヤバレー内で一〇人前の容貌の持主であつて、客扱いもよかつた(同女の前記指名料の月額及び竹中寿賀子の証言により政子の写真であると認められる甲第二号証の一、二によつてみればこれを窺い知ることができる。)ので、同キヤバレーに勤務するようになる前六、七年間に前記のとおり職を変えたとは言え、本件事件発生の頃迄比較的長期間安定して右キヤバレーに勤務していた。従つて、同女が今後引続き同キヤバレーのホステスとして勤務したであろうと推測しても強ち当を得ないものではない。そうすると、同女は、右事件により死亡した当時二四才七カ月であつたから、三五才に達する迄今後一〇年五カ月(一二五月)間右ホステスとして勤務することができたことになる(なお、三六才以後の同女の得べかりし収益を合理的に算定しうべき証拠はない。)。

(二) 従つて、同女が、一二五カ月間に得べかりし利益の現在額は、毎月の純収益一万五、〇〇〇円に法定利率による単利年金現価表の期数一二五の同現価一〇〇、四五〇九八七四八を乗じて得た一五〇万六、七六五円(未満四捨五入)であるから、原告両名は、相続により各自右金額の二分の一宛の損害賠償請求権を取得した。

2 次に原告両名が蒙つた精神的損害について検討する。

(一) <証拠>によれば、次のとおり認められる。

原告鶴吉は、明治三一年一〇月二五日生で身体障害者であるが、原告春寿(同四三年四月一〇日生)との間に五女をもうけ、もと高知県安芸郡吉良川町において理髪業を営んでいたが、昭和三六、七年頃二女喜代恵にこれを譲り、原告両名とも高知市内の肩書地に移住して同市種崎所在の大東造船所に勤めるようになつた。原告鶴吉は製材雑役として一カ月二万余円原告春寿は炊事婦として一カ月八、〇〇〇円合計二万七、八、〇〇〇円の収入があるほか、原告鶴吉は身体障害者として四半期毎七、〇〇〇円を給付されている。また、原告両名は、既にその三女千鶴子が高知市内に、四女寿賀子が大阪府吹田市内に嫁している(長女は死亡のため除籍してある)ので、老令とはいえ、健康である限り、前記の収入で自らの糊口をすごせば足りる境涯にあるが、不幸にも、原告鶴吉は、昭和四一年三月一日胃の前癌症状の疑のため国立高知病院へ入院した。従つて、原告両名は、その療養費および生活費の捻出に労苦している。前記政子は、時折原告両名に送金していたのであるが、本件事件で死亡したため、同女にこれを期待することも出来なくなつた。

しかも、原告両名は、思いもよらずその末娘を前記一、の2に認定したとおりの無残な経過により、殺害されたことを知り言語に絶する衝撃に打たれたのであつて、その精神的苦痛の計り難いことは多言を待たない。

(二) 他方被告が一般乗用旅客自動車運送事業を営むいわゆるタクシー会社であることは前記一、の1のとおり争いがなく、それが高度に公益的公共的性格を有し、一般利用公衆から、安全に目的地に運送されうることを期待され信頼をよせられている企業であることは、前記一、の4に述べたとおりである。原告両名がその子政子を被告会社のタクシーに乗車中、その運転者に殺害されたことによつて受けた精神的苦痛の度合を斟酌するに当つて以上の諸事情を特に重視しなければならない。

なお、<証拠>によれば、被告会社は事件発覚後一カ月して原告方を訪れ、見舞金として三〇万円を提供したが、原告側の代理人栗林正明はその受領を断つたこと、被告会社は、旅客乗用自動車一六台を保有し、高知市内においては中級の規模を有するものであるが営業状態は中級以下であつたことが認められる。

(三) 以上の認定に反する証拠はない。

(四) 以上(一)および(二)の事情を斟酌しても、原告両名が政子にかかる前記殺害事件によつて蒙つた精神的苦痛は到底金銭に計り難いものがあるが、万事に越えて生命を尊重すべきであることおよび近時生命の価格が不当に安価に見積られているという大方の非難を考慮するとき当裁判所は、原告両名の悲嘆を慰藉するには敢えて被告が各自一〇〇万円を支払うをもつて相当とするものと考える。

3 最後に弁護士報酬について検討する。

(一) 原告両名が、被告会社に対し大崎の不法行為によつて蒙つた財産上、精神上の損害の賠償を求めるため訴訟を提訴することは、独り能くなし得るところでないこと前記認定の事情に照らして明白である。従つて、原告両名が、本件訴訟を提起し遂行するため頭書の弁護士両名に事件を委任せざるを得なかつたことは当然で、右委任事務処理に対して支払うべき報酬もまた前記不法行為と因果関係を有し、これによつて蒙つた損害の範囲に包含されるものと解する。

(二) ところで<証拠>によれば、原告両名は、昭和四〇年三月二五日前記弁護士両名との間で着手金無料、成功報酬は判決主文金額の二割(その趣旨は、弁護士報酬を除くその余の損害賠償請求について認容された金額を基準とすること明らかである)とし、その支払方法として原告両名が現実に右賠償金を取得する都度その取得金額の二割宛を支払うことを約したこと、これを同弁護士らが所属する高知弁護士会の弁護士報酬規程に照らしてみると右報酬契約内容は少額の部類に属することはあつても決して多きに失するものでないことが認められる。

(三) してみると、原告両名が各自本判決の言渡により右弁護士両名に支払うべき報酬は、前記1および2に認定した財産上精神上の損害の合計一七五万三、三八七円五〇銭の二割に相当する三五万六七七円五〇銭となる。

第六 結 論

以上判示のとおりだとすると、被告は原告両名に対し各二一〇万四、〇六五円およびこれに対する本件訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四〇年四月一七日から支払いずみに至る迄民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある。原告両名の本件請求は右限度で正当として認容し、その余を棄却することとする。

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